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リクルートのDNA(2)

久々に読み返している書籍「リクルートのDNA」には江副氏と親交のあったさまざまな経営者とのエピソードが出てきてこれが面白い。

豊田英二さんが社長時代、私は二度お目にかかっている。「新車を出すとき、ぼくは発売一号車の前のゼロ号車に乗って通勤するが、一度も危険を感じたことはない」と話され、その姿勢に感心した。当時、消費者活動家のラルフ・ネイダーが「自動車は走る凶器」と言って全米で議論を呼び、自動車産業を攻撃したが、英二さんは「この運動も長くは続かない」と泰然としておられた。

(シャープの創業者、早川徳次さんは)著書の中で「他社がまねをするような商品を作れ」と書いている。それは「先発メーカーは常に後から追いかけられているわけだから、すぐ次を考えなければならないし、勉強を怠ってはならない。元祖だからと言ってじっと構えておれない。さらにより優れたものを研究することになる。真似されることで結局は自分のところの発展に役立つと考える」ということだった。

インタビューで松下(幸之助)さんは、話された。「僕は家が貧しく、小学校四年から丁稚奉公に入った。店先で学校に通っている人を見て羨ましいと思った。連中に負けんようにと、夜ランプの下で読み書きそろばんを便濃ゆし、商売に要る簿記の勉強もした。今思えばそれが良かったでんなぁ。今の大学は商売に要る勉強を教えとらん。うちは大学卒も一年間ナショナルショップに住み込ませて商売を覚えさせる。それを嫌がって来ない人間や辞める人間も多い。学歴が商売の邪魔になることがありまんな」
帰り際私は、松下さんに経営の要諦を尋ねた。「人は誰でも得手なことと不得手なことがありまんがな。誰にどの仕事を、どこまで要望するかが大事やなぁ」と言われた。経営の神様の味わい深い言葉だった。

本田宗一郎氏は人材の採用に熱心な人で、私は何度もお目にかかったが、「優秀な人をホンダに欲しい。ホンダのために働く人はいらない。自分のために働く人が欲しい」と言っておられた。日本の経営者は「わが社のために働く人を採用したい」と考えている。一方、外国人は自分のために働くことを考えているようだ。「自分のために働く人を求む」というのは、グローバルな考え方だった。

他にもセコムの飯田氏や、京セラの稲森氏、など様々な経営者が登場する。こうしてみてみると昭和の経営者には「学歴不要論」を唱える方が多いことに気づく。戦後の経営者は焼け野原から裸一貫でお金を稼いできた方が多く、そうした方から見ると学問は不要に見えるだろう。また、ではこうした偉大な経営者が勉強をしないかというとそうではなく、むしろたいへんな勉強家だ。経営者は常に問いを立て、知恵に飢えているので、必要な勉強は自分でしてしまうのだろう。

一方、自分のいる東南アジアも含めグローバルな労働市場では、多分に学歴重視の風潮がある。国をまたいで採用していくと、その人の優秀さを判断する材料が乏しく、学歴というのは手がかりとしては最も有効なものであることは否めない。また我々が「ハーバード」「Google」と聞くときっと優秀な人なんだろうな、という印象を持つように、「シグナリング」という心理効果を人間が持つことは間違いなく、学歴のある人に良いキャリアが拓けやすいことは事実である。

とはいえ、学歴と仕事力が関係あるかというと、やはり東南アジアでもそうとも言えない、というのが3年タイで仕事をしている感覚だ。学歴を綺麗にして満足している人なのか、適切な「問い」を立てて学問をした人なのか、その違いを見抜かないといけない。前者は考えない人、後者は考える人だ。