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起業、人材、アジア、などなど

アジア組織のリアル4 駐在員と現地スタッフ

日系企業における、「駐在員」と「現地スタッフ」について。

「日本人駐在員」というと昔からある一定のイメージがある。英語ができない、日本人同士で固まる、ゴルフが多い、定期的に入れ替わる、というイメージ。昔の話かと思ったら意外とそうでも無いようで、いまだにこの実態は結構続いている。もちろん僕もそんな駐在の一人なわけで、評論家的に批判するつもりは全くない。


自分のような外部ベンダーだと、駐在と現地スタッフのそれぞれから問題意識(愚痴?)を聞くのが半分仕事のようなところがある。駐在からは現地スタッフへの問題意識(スキル不足、日本的経営や仕事の仕方を理解しない、個人主義、すぐ辞める等々)を聞くし、現地スタッフからは日本人駐在員への問題意識(英語が出来ない、現地人に溶け込まない、長時間労働、等々)を聞く。どっちにも言い分があるのだろうが、2者間で話し合う事が少ないのだろうなぁ、と推察される企業も少なくない。


「駐在」と「現地スタッフ」もそれぞれ多国籍化している現状があるので、「駐在」と「現地」という概念がビジネスの現状に合わなくなってきているという流れもある。まずは呼び方を変えようということで名称を変えるパターンが多い。最近多いのはrotating staffとnon-rotating staff。役割上ローテションする人としない人がいるだけ、という意味合い。また駐在と現地採用に関わらず理想的には同一業務、同一賃金に持っていく必要があるが、現在の駐在員に対する不利益改定は出来ないので、結果として人件費が大幅に膨らむことになってしまう。ゆえに改革はなかなか進みづらい。


駐在員が時として現地スタッフのモチベーションの妨げとなるという問題はかねてから指摘されている。現地スタッフと親睦を深めるための社員旅行の途中で、日本人社員だけでゴルフに行って、「何のための社員旅行なんだ」と現地スタッフから総スカンだった、という話を最近聞いたが、こういう話がたくさんある。そりゃ日本人同士でいたほうが楽だけどそれではダメ。自分たちより高い給料をもらっている(最近この前提も一部で崩れてきてるけど)駐在員の行動は常に見られている。そういう意識を持たないといけない。


最もよくある現地スタッフからのクレームの一つは「会議やメールで日本語を使う」こと。国にもよるが、非日本語スピーカーが一人でもいる会議は英語で行うか通訳をつけるなどの言語的配慮が必要。メールの受信者が一人でもいたら英語も併記すべき。これは確かに面倒くさくて、ついつい日本語で話したくなることもある。でもこういう「面倒くさい」ことを「ひと手間」かけることが思いやり。もっと言うと多国籍チームのマナーだろう。


一方で、現地スタッフから愛される日本人駐在員も沢山いる。共通点は、言語の上手い下手に関わらず「現地社員と積極的に関わる」、「家族のように社員を思う」、「できないところの文句を言うのではなく良い部分を見てあげる」。そういうマインドを持った人は好かれている。つまるところこれは日本の良い上司と同じなんだと思う。先日とある日本人の社長は「うちのタイ人は本当に優秀なんです」と嬉しそうに話していた。そういう社長の下でいるタイ人はきっと伸びるだろう。一方で逆のケースもたくさんある。社長室のドアを開けながら現地人の悪口を言ったりとか。


いつも僕は、組織は恋愛や家族に例えるとだいたい説明がつきやすい、と思っている。「身近にいる他人」(=恋人、奥様、外国人)に対してちゃんと配慮しているだろうか? 「言わなくてもわかるだろう」「これくらいはまぁいいだろう」と思った瞬間から、認識がズレ始め、気持ちが離れていく。定期的にズレをメンテナンスする努力をし続ける、行動にこそ意味があるのだと思う。それは電話をするとか挨拶をするとか、意外と地道な事なんだと思う。


外国組織のマネジメントをする際、言語、文化、慣習の「違い」を理解するのはとても大切。でも一番大切なのは、目の前の現地スタッフから「外国人/現地スタッフだから」という前提を外してみるのが一番大事ではないか?と思っている。