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リクルートのDNA(3)

リクルートの創業期の話。まだまだ創業期であるわが社にも通じるものがあり、参考になるとともに身が引き締まる。10年前に読んだ時とは全く異なる部分が響いてくるのが面白い。

事務所は、教育学部の先輩の森稔さんが学生時代に建てた、南佐久間町にある最初の森ビルの屋上の物置小屋を借りた。森ビル発祥の地が、リクルート発祥の地となった。(略)二つしか置けない机と椅子は、古道具屋で買い、リヤカーを借りて運んだ。雨の日は雨漏りがする。

(『企業への招待』(リクルートブックの前身)の初回発行のための300万円のうち50万円が不足し銀行に融資の依頼に行った時の話)
「お貸出しの実績もなく、担保もないお話なので・・・」と、断られた。それでも粘って、「そこを何とか」と私は懇願した。気の毒に思われたのか、浅川さんに「お昼を食べに行こうか」と近くの蕎麦屋に誘われた。(略)「森ビルに事務所を借りた時、保証金をいくら払っているの」「60万円払っています。」
(略)「その保証金を譲渡担保にするとの森さんの承諾書をもらえれば、私が本部と交渉しますよ」私は早速、森さんに頼みに行った。
保証金は、通常ビルを借りている会社が家賃を滞納したときのために差し入れるもの。それが譲渡担保にされることはない。だが、森さんの行為で譲渡担保の承諾書をもらい、司馬信用金庫に持って行った。浅川さんはそれを持って本店の審査部と交渉し、融資が実現した。
この融資が無ければ、『企業への招待』はとん挫していたはずだ。この時の恩義から、私の現役時代、リクルートの営業報告書に記載する取引金融機関一覧の筆頭を司馬信用金庫にしてきた。

(著名なデザイナー亀倉雄策氏に『企業への招待』の表紙のデザインをお願いした時の話)
先生には丁寧に仕事をしていただいた。だが、請求されたデザイン料はわずか10万円。恐る恐る先生に聞いた。「こんなに少なくてよろしいんでしょうか。」先生は言われた。「ちゃんとしたデザイン料は払えないだろう。(略)出世払いでいい。儲かるようになればちゃんとしたデザイン料を請求するよ」と言われ、私は感じ入った。

(『企業への招待』一年目は赤字。二年目も継続するべきか検討した時の話)
『企業への招待』の赤字は、大学新聞の広告の利益で埋めることが出来たが、翌年も出すか否か逡巡した。(略)手元には、お金がない。発行を続けると前渡金がもらえず金策で苦しむかもしれない。(略)迷ったが、これまでの苦労を成果につなげたいという想いが強く、続行することに決めた。翌年は前年度の実績に加え、折からの「岩戸景気」の追い風もあり、(略)掲載者数は倍増した。無料掲載企業が無くなり、予想していた金策の苦労もなく、売上高は四倍増。予想を大きく上回る利益を上げた。

偉大な企業でも必ず裏にこういうストーリーがあります。そして苦労してきた起業家ほど、事業を立ち上げる大変さを知っているので、恩を後に送るという意味で、自分よりも後輩の起業家には見返りを求めず支援する例をよく聞きます。僕もまだまだ苦労のさなかですが、恩を与えてくれている方々への感謝を忘れず、いずれ恩返しを、そして恩を次の世代に送っていきたいと思います。