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起業、人材、アジア、などなど

「子育てと人事を考える会」の気づき

「人事」と「子育て」について考える会に参加してきました。普段人事関連のお仕事をしてる方が中心とあってすごく示唆に富み、学びの多い場でした。以下、私なりに感じたことの整理としてまとめておきます。*箇条書きですので全体が文章になってるわけではないです

・子育てと人材育成はとても似ている。特に、親(上司)の質が問われるという点。子供は「言ったようには育たないが、やっているようには育つ」と言われるように、子供は「こうしなさい」といっても、そうはなってくれない。代わりに、親がしている通りになる。親の部屋が汚ければ、子供の部屋も汚くなる。仕事で言えば、上司がさぼれば、部下もさぼる。部下は自分をよく見ている。自分の襟を正すことがすなわち教育である、とも言える。

・「企業の求める人材が変わっているのに、学校の教育内容は30年前のそれとあまり変わっていない」という指摘があり面白かった。日本のビジネスセクターと教育セクターの距離はまだまだ大きいのかもしれない。ちょうど企業や地域社会を巻き込んだ学童保育ベンチャーを立ち上げられている方がいて、そういった動きがもっと増えていくといいなと思った。我々ビジネスパーソンがもっと学校教育や学校運営にかかわっていけたらと思う。

・子供にお金をかけて私立に行かせて質の高い教育を施すことを目指すご家庭も多いと思うが、じゃあそこで提供される「良い教育」ってどんなの?というビジョンを持つことが大事だなぁと思った。デンマークに視察に行った方がいたけど、北欧に代表される先進国の教育はより人格を磨く総合教育にシフトしている。かたや、アジアで教育国として注目されているシンガポールや東アジアはどちらかというと詰め込み教育。日本から見ると「グローバルな教育」と一括りにしがちだけど、成熟国のそれとアジアの成長国のそれでは、180度違うとも言える。どういう教育を志向するのかはご家庭次第だけど、そこに親がしっかりしたビジョンを持たなくてはいけない。そのためには親自身が学びながら未来を予測し、自分なりに考える必要がある。

・習い事など、子供が「やりたい」ということをやらせるのか?それともある程度我慢して「やりなさい」というのか?については僕もいつも悩む。答えは無いのだろうけど、「何事も最初は楽しくないけど、ある程度できるようになって、ようやく楽しくなる」という法則が仕事にはある。子供のスポーツや習い事でも同じ考えで取り組ませるべきなんじゃないかな、と思う。いろいろ経験させながらも、ある程度粘り強くやらせる、という姿勢を親が持つのは大事なことなんじゃないだろうか。公文式のような比較的地味な反復教育がアジアでも受けているのは、日本式教育に優位性があることの一つの示唆か?

・「やりたいこと」をやらせるかどうか、について。子供がやりたいことというのは、実は子供はしかるべきタイミングでちゃんとアンテナが立つようにできているのではないか。絵が好き、スポーツが好き、歌が好き。ちゃんと機会さえ与えていれば子供は正直にそれをどこかのタイミングで表明してくれると思う。それをつぶすのはむしろ親。「絵なんて食べていけない」など、親の常識で子供の才能をつぶしてしまっていることも多いと思う。だから親は子供の良さを認めましょう、というのは簡単だけど、食べていけないことが事実であれば何か言いたくなるのは当然。そこで親が子供の夢をサポートしてあげるためには親にもアイデアが必要だと思う。「絵筆じゃなくてパソコンで絵がかければ仕事のチャンスも多いよ」と勧めてあげるとか、絵を職業にしている人に会わせてあげるとか、子供の「やりたい」を具体的にするための親の努力も大事だと思う。これは上司と部下の関係も同じで、部下の良さやアイデンティティを発揮させるための、「仕事の作り方・仕事の与え方」という話。今ある仕事のやり方を変える、今無い仕事を一緒に作る、ということを上司ができるかどうか。

・ところで海外で人材を相対的にみると、日本人は英語と異文化に弱いけど、反対に仕事のクオリティはとても高い部類に入る。努力をちゃんとするし、目標に対してあきらめずに取り組む姿勢が高い。これは基本的には日本の初等教育は「我慢すること」を重視しているからではないかと僕は思っている。コツコツやる、努力を続ける、という地味だけど仕事に必要な能力というのがベースに身についているが故なんじゃないかと思う。そういう日本的教育の良さは変えずに、単純に英語との外国人慣れをさせていくことを足していけばいいのではないかと思う。(外国人慣れ、という中に空気を読まないリーダーシップ的な要素も含む)

・いろいろ考えると子育てと人材育成はやはり似ているのだけど、違うのは何だろう?と考えると一番違うのは「誰に責任があるのか」ということなのではないか、とふと思った。例えば会社でスタッフが育たなければ、それは基本的には「上司」の責任である。上司もそれを一応認識しているから、業務としてそれに取り組まないといけない。一方で、子供を育てる責任は親にあるとは思うが、親はまず2人いる。上司が2人、というのは会社では責任が不明確なので避けるべきパターンだ。家庭では父と母という2人の共同責任で子供を育てるわけだけど、時にお互いに責任を押し付けあってしまうことも。加えて学校や地域社会というのも子供の教育には重要な責任を果たす。様々な要素が子育てには影響するだけに、一義的には上司に責任がある部下育成に比べて、子育てというのはより複雑さがあるんだろうな、というのは今日敢えて対比させたからこそ見えてきたこと。

以上