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具体と抽象 〜なぜホウレンソウは伝わらないのか

最近、抽象と具体について思うこと多いので、今日はつらつらと書いてみます。




■なぜ「ホウレンソウ」は伝わらないのか?

タイでいただくご相談の一つが「ホウレンソウをできるようにしてほしい」といったものです。これは逆に言うとホウレンソウというものはいくら教えてもなかなか出来るようにならない、ということを意味しています。以前もFBのウォールで取り上げたら反応をたくさん頂きましたが、このホウレンソウというのはなかなかわかりづらい概念です。

例えば「報告」と「連絡」の違いを外国人に説明するのはなかなか難しいです。ホウレンソウは突き詰めると「適切に」「関係者に」といった「阿吽の呼吸」の要素が入ってきます。つまり求める行動を概念化して煎じ詰めた結果、「ほうれんそう」という一種の合言葉ができた一方で、その結果多くの具体要素がこぼれ落ちますから、今度は具体的に何を指しているのかわからなくなります。

本来、具体へのハシゴをちゃんとかけておかないといけないのですが、抽象化するとキャッチフレーズ化し、持ち運びが便利なのでハシゴがどこかへ言ってしまいます。ある欧米人が「spinach!」(野菜のほうれんそう)と言っていましたが、こうなるともう戻れません。


■実行されないコンピテンシー

地頭力」で有名な細谷功さんの「具体と抽象」という書籍には、いくつか抽象化の特徴が述べられています。その中の一つに「行動への翻訳が必要」というものものがあります。つまり、概念を聞いても普通はどうしたらいいかわかりません。「ホウレンソウしろ」といわれても一般の人はどうしていいのかわからないのです。

これを聞いて思い出すのは、人事評価で一般的に用いられる「コンピテンシー」です。コンピテンシーとはその会社で成果を上げるために求められる行動パターンを、ハイパフォーマーの行動に基づいて結晶化したもので、「創造性」「積極性」などの概念で表されます。多くの会社はコンピテンシーに基づいて社員の行動を規定しようとしますが、「創造性を発揮しろ」といわれても、ほとんど何をしていいのかわかりません。ディクショナリーを作成している企業も多いですが、ほとんどが「概念を概念で説明している」ものが多く、社員が具体行動をイメージできるものになっているとは言いづらいです。

また、抽象化の特徴として同書で触れられている「わかる人にしかわからない」という点もコンピテンシーの運用を難しくします。「創造性とはこういうものだ」というものがわかっている人は、だいたい創造性が発揮できています。一方、創造性が発揮出来ていない人には、創造性が何なのかはわからないのです。これは「おもてなし」なども同様です。一般的に、上級者の域に入った人の言葉というのはとても抽象的です。上級者同士が「そうだそうだ」といって概念を編み出したとしても、それは初級者には理解できません。そういう意味ではハイパフォーマーだけで物事を進めるのは危険で、初級者にもわかるように具体化のハシゴをかけてあげる必要があります。コンピテンシーの辞書には具体例のマニュアルをしっかりと用意し、また目標設定ではマネジャーが具体化のサポートをしてあげる必要があります。


■ストーリー=グローバル時代の具体化

とはいえ、グローバル化する組織の中では「具体化」にもチャレンジがあります。なぜかというと、言葉が通じないからです。母国語同士であれば、言葉を駆使してイメージの解像度を上げることは可能です。ただ、お互いに第二言語である英語で会話をすると、どうしても解釈の広い概念のままコミュニケーションせざるを得ない状況が起こります。例えば「考え抜く」という概念も、「徹底的に、頭に汗をかいて、考え抜く」というニュアンスが、Think thoroughlyといった英語表現になった瞬間にいろんな具体がこぼれ落ちます。こういうことがあらゆる組織で起きています。

これを助けるのが「ストーリー化」です。ストーリーとは頭に情景を描かせることです。小説などを読むように、描写するストーリーは、言葉を使ったとしても相手に適切に具体的なイメージを沸かせることができます。「例えば」「ある日」「その時」、といった具体的な瞬間をイメージさせる言葉を使うことが大切です。さらに、動画や写真などのビジュアルを効果的に組み合わせることで、さらに近いイメージを持つことができます。ホウレンソウやコンピテンシーでも、「例えばある日、お客様からこういう相談があったとして・・・」という具体的なシーン設定を行うことが大切です。それにより適切なイメージ伝達が可能になると思います。


以上、抽象と具体について思うことでした。
組織がグローバル化する中では「フレームワーク」「コンセプト」というモビリティの高い抽象概念を駆使する重要性はますます高まりますが、具体性が置いてけぼりになっていないか?に気をつけなくてはいけません。抽象化した瞬間に満足するのではなく、同時に具体化する努力も続けていくことこそが大切だと思います、というお話でした。

※文中で取り上げた細谷さんの書籍。お勧めです。

具体と抽象 ―世界が変わって見える知性のしくみ

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