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リベラルアーツは就活に役立つのか?

リベラルアーツ(日本語では教養、と訳される)への注目度が高まっている。シンガポールでもNUSがYaleと組んでリベラルアーツカレッジをオープンさせた。日本でもリベラルアーツ教育を施す大学が増えていると聞く。

シンガポールに留学する日本人の中にはリベラルアーツ専攻の学生が少なくない。ただ彼らと話していると、「リベラルアーツを学ぶ意味」について真剣に悩んでいる人が少なくない。これが社会にどう役立つのか?が見えないのだ。

リベラルアーツの「arts」とは「人間が作ったもの」で、nature(神が作ったもの)の反対語だと聞いた。
古典、哲学、音楽、などには数千年に渡って積み重なった人類の普遍的な真理が詰まっている。文明が進歩しても人間そのものはそれほど変わらないことを前提とすると、これを学んでおかない手はない。経営者がこぞって古典を読むのはそのためだ。

一方で目の前の「シューカツ」に勝ち抜かなければ行けない学生からすると、もっとわかりやすいスキルを、となるのもわかる。「今もう一回学生やるなら専攻しますか?」ときかれて少し考えてしまった。

それでもなお、学生がリベラルアーツを学ぶ意味はある、と思う。

一つは「人間の器を広げる」学問だということ。

自己成長を、いわば塔を建てる営みだとすると、リベラルアーツは土台作りと言える。knowledge、skill、の下にあるattitudeを作る事に寄与する。
狭くて緩い土台より、広くて強い土台の上に塔を立てた方が高い塔が立つ。最終的にどちらが活躍する人材になるか?は後者の可能性が高い。少なくとも企業で人材に関する仕事をしている人は、そういう考えを持っているはずだ。

またリベラルアーツは音楽や芸術を学ぶのと似ていて、長い年月をかけてじわじわと染み込んで来る。論語を何度も何度も読む経営者がいるが、繰り返す事に意味がある。それであれば早いうちに広く触れておく事が、後で深まることを助ける。

もちろん若いうちは意味がわからない、という考え方もある。私も例えばクラシック音楽は10代の頃はなんとなく聞いていた。それが今はその味わいが少しわかるようになった。例えばマーラーがどんな気持ちで死んで行ったのか、とかに少し想いを馳せられるようになった。でもそれも昔聞いてみたからこそかもしれない。いずれにしても時間がかかる事だ。それゆえに若いうちに触れておけることのメリットは大きい。

もう一つは国際人になるために必須であるということ。リベラルアーツは世界共通言語だからだ。

私自身も時々恥ずかしい思いをするが、海外のエリートは古典などはきちんと読んでいる人が少なくない。知っているだけで話題になるから有利というのもあるし、古典を通じて持論を深めた人は話の説得力が違う。教養は、言語や文化を超える。異なるバックグラウンドの人を動かすうえでは、自己理解に基づく自分自身の「軸」と、同時に相手への理解が必要だ。これらにはいずれも「深い人間理解」が必要であり、リベラルアーツはそこに寄与する。企業はますます世界に通用する人材を求めている中で、リベラルアーツがシューカツに不利になる、ということは決してない、と思う。

大切なのは、現時点のもので良いので、「リベラルアーツを学ぶ自分にとっての意味」を深めることだと思う。そのプロセス自体にとても価値があるものだから。そして自信を持って学んで欲しい。

少なくとも僕は、とてもうらやましい。