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「おもてなし」はなぜ響いたのか〜海外ビジネスに見る「言語」と「価

東京オリンピック招致のプレゼンで、滝川クリステルさんの「おもてなし」が話題になりました。世界に誇れる日本の価値観の一つが、文化の壁を越えて、オリンピック委員の心を揺さぶったとも言われています。今日は、「言葉や文化の壁を越えて、価値観を伝えること」についてのコラムです。


●「和」をどう訳すか?

ある日系企業の海外拠点にて、日本人とお話していた時のこと。“自社のDNAをいかに組織に浸透させるか”という話題で、少し考えさせられる議論がありました。

“例えば「和」という言葉をなんと訳すか。当社では“Harmony”と訳しているんですが、日本人が考える「和」という言葉のニュアンスが、英語で本当に伝わっているのかどうか、よくわからないんですよね。”


とその方は仰っていました。確かに日本人が感じる「和」という言葉には、“Harmony”という言葉とはまた違ったニュアンスがあるように感じます。逆に、”Harmony”という言葉が持つニュアンスを、英語のノンネイティブである私が完全に理解できているか?という問題もあります。グローバルな組織作りの中で、ある「価値観」を伝えていくには、こういった「言語」の壁をどう越えるかという問題が常につきまといます。


●「訳せない」言葉たち

言語学者のクリストファー・J・ムーアという人物が書いた、“In Other Words”というユニークな一冊があります。この書籍は、世界中にある「訳せない」言葉("untranslatable" expressions )を収集する事を通じて、言葉と我々の世界がどのように関わっているのかに光を当てています。

例えば例としてフィンランド語の“Sisu”という言葉が出てきます。この言葉はフィンランド人の、いかに相手が強大であろうとも屈せず、粘り強く戦う気質を表した言葉として知られています。Sisuは単なる粘り強さではなく、ロシアによって長く統治されてきた歴史を乗り越え独立を勝ち得たフィンランド人の、いわば”フィンランド人魂“といった意味合いが込められている言葉だそうで、英語に訳せない言葉だとされています。

そんな例を挙げながら本書では、

“The way people talk is a reflection of their worldview, their history, and their upbringing”(人々の言葉には世界の捉え方、歴史、そして生い立ちが反映されている)

”We suppose that most experiences are common and translatable between different cultures, but this simply isn’t so.”(我々は異なる文化の間でも体験は共通で、翻訳可能なものだと思いがちであるが、そうではない)

といった解説をしています。つまり、「訳せない言葉にこそその国固有の価値観がある」と言えるのではないかと思います。

また、日本語に関してはこんな記述もあります。

”One of the most remarkable and remarked on aspects of Japanese life and language is its emphasis on aesthetics.”(日本語の最も特筆すべき点の一つは、その美意識の高さだ。)

例として、Myo(妙)、Yugen(幽玄)、Shibui(渋い)といった言葉が翻訳不能な世界として紹介されています。
(ちなみに他にもnemawashi(根回し)、hanko(判子)なども紹介されていてとても興味深いです。)


●「訳さない」ことが武器になる

さて、そんな「独自の価値観は翻訳する事ができない」という前提に立つと、むしろ意図的に「訳さない」ことを通じてメッセージを伝える、ということが有効になります。そしてそれは既に多くの企業において実践されています。

例えば冒頭の「おもてなし」ですが、資生堂は「OMOTENASHI」(おもてなし)を世界共通語と定めています。資生堂は独自の考え方に基づく接客サービスで海外でも高い支持を得ています。

資生堂が考える「おもてなし」は、顧客との一期一会を大切にした裏表のない接客態度で、茶道に通じる精神だ。冊子には、あるべき立ち居振る舞いや接客方法を記載。英訳すると微妙なニュアンスが伝わらないと考え、「OMOTENASHI」を世界共通語にした。”(産経ニュースより)


「おもてなし」に”hospitality”等の英語を当てはめることはできます。しかし言葉を当てはめた時点で、その言葉に対して相手が持っているイメージが先に立ってしまいます。敢えて相手の知らない言葉を使いながら、そこに込めている意味を汲み取るように努力してもらう。その方が翻訳するよりも想いが伝わるという場合もあるでしょう。

オリンピックの例では、「お・も・て・な・し」という不思議な響きと、それを語る滝川さんの語り口が、聞き手に対して自ら想像力を広げ、日本という国をイメージしてもらう効果をもたらしたのではないでしょうか。

ビジネスの世界では他にも既に訳さない形で市民権を得ている言葉がたくさんあります。その代表例は「KAIZEN」です。KAIZENは多くの日系企業で日常的に使われる言葉だと思いますが、単なる”improvement”を越えて、地道な努力を現場発で積み上げる。そんな日本らしさを含んだ独自のニュアンスを持って浸透している言葉と言えるのではないでしょうか。


●「Kokorozashi」あるリーダーを育てる
さて、私も、「社会を創造・変革できる“志”あるリーダー」をアジアから輩出するべく事業を行っています。この「志」という言葉は、リーダーとして生涯をかけて成し遂げる「使命」とも言えるもので、リーダーにとって最も大切な要素である、と私たちが信じているものです。

この言葉を英語でpersonal missionと表現することもありますが、同時に、しばしば訳さずに「Kokorozashi」と想いを込めて使っています。この“Kokorozashi”という言葉を浸透させていくことが、新しいリーダー像をアジアに問うていく活動と言えるのではないか、そんな風に思っています。

(GLOBIS ThailandのFBページに掲載したコラムです)