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「リーダーシップの旅」を続ける

今年の自分のテーマのひとつが「リーダーシップ」です。

数多あるリーダーシップの書籍の中で一番好きなものの一つが『リーダーシップの旅』です。私がいまさら紹介するまでもない名著ですが、未だに時々読み返します。

今回改めて読み返してみて、私なりにこの本から教わったポイントは以下の3つなので書き遺しておきます。(抜粋部分以外は、私なりの解釈を加えています。)


リーダーシップの旅  見えないものを見る (光文社新書)

リーダーシップの旅 見えないものを見る (光文社新書)


1.リーダーシップは「あなた自身がどうであるか」についての概念

・この本で強調したいのは、リーダーを目指してリーダーになった人はいないという事だ
・リーダーシップは「見えないものを見る旅」だ。ある人が、「見えないもの」、つまり現在、現実には存在せず、多くの人がビジョンや理想と呼ぶようなものを見る、もしくは見ようとする。
・リーダーシップはフォロワーを前提とするなどと言われるが、私はそうは思わない。旅はたった一人で始まる。
・しばしばリーダーは自分のリーダーシップには気付かない。(略)自身が描く目標に向かって歩いているだけで、自分がリーダーシップを発揮しているとは意識しない。
・リーダーが見る「見えないもの」がフォロワーにも共感され、いつしかフォロワーの目にも「見えないもの」が見え始める。

本書に上記のような記述があるように、リーダーシップと「他人を巻き込むかどうか」は必ずしも関係がないと言えると思います。ドラクエの勇者が「魔王を倒す」ことを強く志して旅に出て、その途中で”たまたま”仲間に出会うように、本来的には「自分が実現したい未来を持っているか」があくまでスタート地点です。

従い、「フォロワーがいることがリーダーだ」や「リーダーシップ=人の巻き込み方」といった考え方は常に正しいとは私は思いません。リーダーシップというと「巻き込む」という言葉がついてきますが、どちらかというと「信じる」が近いのではないでしょうか。ガンジーが塩の後進を始めたのも、キング牧師公民権運動を始めたのも、「人を巻き込みたい」と考える前に、「信じる未来を実現したい」と想う事があったはずです。

もちろん優れたリーダーシップを持っている個人には人がついてくるのでフォロワーは必ず存在します。が、それは結果としてそうであるだけで、あくまでリーダーシップは「あなた自身がどうであるか」に関する概念だと思います。


2.リーダーシップはある意味「マネジメント」と対立する

・組織は組織化を進めれば進めるほど、つまりマネジメントの機能を充実させればさせるほど、自己破滅の危険にさらされる。(略)組織は活動を効率的かつスムーズに進めていくために、ある環境を一定のものと捉え、その環境への適応力を高めようとする。
・リーダーシップは環境の変化にキャッチアップを試み、あるいは、変化を先取りして不確実性を作りだし、時には環境自体を変化させて、新たな時代における組織の有用性を取り戻す役割を果たす
・組織での評価が上がり、ポジションが上昇し、個人がマネジメント面での実績を積み重ねれば重ねるほど、組織との同化にあらがう事は困難になる。

・じめじめした沼地を渡り、深い森を抜けて、青い空を見たいという思い(夢と志)がリード・ザ・セルフ、旅の出発点となる。(略)その時に絶対やってはいけないことがある。それは打算だ。(略)沼を抜ける喜びと、現状のまま信用を積み重ねていけば後で手に入りそうな喜びとを天秤にかけてしまうと、もう旅には出られなくなる。(略)天秤は、必然的に後者に傾く。
・大事なのは、目の前のドアを開けるためには、後ろのドアを閉じなくてはならないということだと思う。より正確に言うと、前のドアは、後ろのドアを閉めないと開かない仕組みになっているのだ。

これらの部分が意味するところは、マネジメントはある意味安定状態を作るプロセスであること、それに対しリーダーシップはそれを壊す部分がある、という事です。「火事を消すのではなく、火を熾す(おこす)人」という記述も出てきます。

これだけ聞くと確かにその通りなのですが、これを聞いたマネジャーはどうしたら良いのか?という疑問もわきます。だって「マネジメント研修」の中に「リーダーシップ」が出てくるわけですから。この「マネジャーの中からリーダーを生むジレンマ」は未だに人材育成業界の大きなイシューであるように私は思います。

とはいえ、火の消し方を知らずに火を熾してはいけないように、両者を合わせもつことが必要です。その際に「両者は相反するものである」ことを理解しているのとしていないのでは、大きな違いがあると私は感じています。


3.リーダーシップは「より大きなものの一部」である

最後はやや哲学的なのですが、最近少しずつこの辺の感覚が何を意味しているのかがわかるようになってきました。

・本当に何かを望んだ時、宇宙の全てが協力して、夢の実現を助けてくれる。私たちが本当に何かをやりたいと思うとき、周囲の人は協力を惜しまない。そして協力を得た時、私たちの中には心境の変化が起きる。(略)己と他の境界線は溶解し、利己と利他は渾然一体となる。
・私たちは、人生に置いて色々な力を「ギフト」としてもらっている。(略)リーダーシップの旅を歩き続け、結果としてリーダーになった人はとてもたくさんのギフトをかち取っている。(略)ギフトというものには、世界共通の原則がある。もらったぎるとは返さなくてはいけない、他の人や社会に対して返すという原則だ。

リーダーシップは「個人」にまつわるもの、と書きましたが、同時に「自分」と「他人」の境界線を無くしていくことでもあります。「無私」というのはこういう事だと思います。また、名著シンクロニシティを引き合いにしながらこういう記述もあります。

・それぞれ自分の人生を懸命に歩んでいる人たちが、同じ時、同じ場に自然と合流する現象、だれかの意図で、あるいは、何かが原因でそこに来たというより、まるで時を共通にして、その場に吸いこまれたような場合に、ユング派の分析心理学者はシンクロニシティもしくは共時性とよぶ。

ちょっと難しくなってきましたが、この「自分の人生を懸命に歩んでいる人たちが・・」というところがポイントのように感じます。社会の事を本当に考え、自分も他人もなく想い続けてそれを突き詰めていくと、その先には、自身に降りかかる全てのことが自然に思える状態、まるで導かれているように感じる状態、があるのではないかと思います。

京セラ会長の稲盛氏の経営哲学に「宇宙の意志と調和する」というものがあります。また彼は「宇宙には愛が存在する」とも言っています。これも同じだと思います。我々一人一人は宇宙の一部であり、その中に自分と他者がいるわけですが、懸命に生きるうちに自分と宇宙が同一視され、結果としてそこに守られている、そこから恩恵を受けている、と感じる状態になるのでしょう。

私も、懸命に頑張った後に何かが起きた時「これも運命かなぁ」とか「ありがたいなぁ」と感じたことがあります。その状態では自分の利益とかはどうでも良く、周囲に感謝、人生に感謝、というすがすがしい気持ちになっています。突き詰めると、こういう心理状態がリーダーシップを発揮する上で理想の状態なのかなぁと感じたりします。

と、いうわけで。今年のテーマは「リーダーシップ」なのでまとめてみました。最後、本書に

・リーダーシップは三人称で語るものではなく、一人称で語るべきだ

というものがあり、とても共感します。他人のリーダーシップをあれこれ評論しても全く意味が無く、「他ならぬ私自身は・・・したい!」と語ることが一番大切なんですよね。

また、ビジネススクールなどでも「リーダーシップは、リーダーシップを持つ人にしか教える事が出来ない」と言われたりします。当たり前といえば当たり前ですね。小学校に例えれば、国語を教えるのが国語の先生、数学を教えるのが数学の先生、そして人生を教えるリーダーシップの先生は「担任の先生」みたいなものだと思っています。もちろん教科書はなく、自分自身の教科書を用意しなくてはいけません。

「あなたはどうなんですか?」と問われることの無いリーダーを目指していきたいですね。

今年も一歩一歩、進んでいきたいと思います。決意を込めて。


シンクロニシティ 未来をつくるリーダーシップ

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